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​令和8年1月18日【声明発出】「極左暴力集団の包囲・殲滅に王手-戦いは最終局面のなかにある!」令和7年(2025年)平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)を終えて

 戦後80年を迎えた昨年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(以下、平和記念式典)を終え、民族自警団日本暁乃会は総括ならびに声明を発す。

 我々は一昨年の声明で松井一實市長の英断を支持し、「拡声器ではなく花を持とう」と各界に投げかけた。

 しかし、結果はご承知の通り中核派ら8.6大行動は我が物顔で原爆ドーム前を占拠、ほぼ通常通り迷惑集会を開いており、本年も「集会をさせてしまった」と言う点においては広島市当局ならびに広島県警の「警備」は成功したとは言えず、我々が関係当局に求めてきた水準に達していないという点において残念でならない。

 

 だが、後ろではなく、前を向いたときに何もなかったというわけではない。

 

 広島市による警備要請を受けた県警の機動隊が中核派の排除に乗り出し、実に数十名単位の排除に成功したことは重い事実と受け止める。

 これまでは、我らと「奴ら」の戦いであり、県警は原爆ドーム前の自由利用として、「奴ら」を警備し、我々の前に立ちはだかっていた。

 

 平成から令和に世は移り、「右と左の不愉快な風物詩」として我らと奴らの悪名が轟くに比例して、善良な広島市民、日本国民の魂のなかで燻っていた火種に着火し、広範な市民運動として燃え広がった。

 

 ここからは「わが戦線」で記した通りだが、途中途中に壁が聳えるも乗り越えながら、一気に攻勢に転じ今に至る。

 

 我々は、極左暴力集団の包囲殲滅戦が最終局面を迎える中、今一度、緒を締めなおす必要がある。

 

 我々は、結成から10年を迎える。ここ数年は遠ざかっていたが、現場での衝突を繰り返す、あの惨状をもう一度、呼び戻す用意は十二分にある。

 

 関係各位におかれては、我らがあの戦いから身を退いた覚悟の片鱗だけでもお受け取りいただき、本年の平和式典の開催に繋げていただきたい。

 

 我々は、あらゆる手段を講じ戦い抜く所存である。

​以上


令和6年5月27日【声明発出『拡声器を置こう。追悼の花を持ち、平和記念公園に集おう。』】「令和6年広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式の開催について」を受けて

令和6年5月24日

関係者各位

民族自警団日本暁乃会

 

【声明文】「令和6年広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式の開催について」を受けて

 

 令和6年5月7日、広島市(松井一實市長)は「令和6年広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式の開催について」(以下、平和式典と呼ぶ)を出した。

 我々は、これを全面的に歓迎し、松井市長の英断を支持する。

 我々、民族自警団日本暁乃会は平成28年の結成以来、「平和記念公園・原爆ドーム前を極左過激派から奪還する」を主たる闘争目標に据え、活動を続けてきた。

 その目標実現に向け、中核派ら8・6ヒロシマ大行動と称する極左過激派への対抗措置として有形無形問わず実力を行使し、原爆ドーム前の防衛ならびに奪還に邁進した。

 平成から令和の御代になり、「夏の風物詩」という不名誉な称号を得た我々の取り組みは、良識ある広島市民や多くの日本国民に知れ渡ることとなった。我々に下された評価はいいものばかりではない。「静かに祈ろう」という願いを持つ人々の思いに「行動」の原料となる火をつけたとも言えるだろう。

 そして、主催たる広島市の今回の発表で、原爆ドーム前の奪還が宣告され、防衛の決意は示された。

 

 我々も拡声器や幟・横断幕を持って原爆ドーム前での活動を行うことは事実上不可能となった。

 しかし、これは我々が初期から求めていたことだ。

 我々は、望んで我々の武器ともいえる拡声器を置こう。追悼の花を持ち、平和式典に参列しよう。

 我々は、我々の責務を全うした。

 今後の広島市職員ならびに式典関係者のご活躍により、静謐な環境で厳かに平和式典が開かれることを切に願い、以上を声明とする。

以上

民族自警団日本暁乃会会長代行兼広島平和有志懇話会代表世話人 九十九晃

【告ぐ】中核派ならびに8・6ヒロシマ大行動を展開する極左過激派に告ぐ。

 我々は闘争に勝利した。

 諸君らが戦後、どさくさに紛れて占領し、広島市民から取り上げた祈りの場は、我々の力と、「静かに祈りたい」という大多数の市民の願いにより、奪還されたのだ。

                           

令和4年8月10日【人事のお知らせ】中川公伸前会長の退任・退会以降、空席となっていた会長職について、九十九晃関東本部長を会長代行に任命しましたことをお知らせいたします。(広報)

令和四年八月十日

関係者各位

                          声 明 文

民族自警団日本暁乃会

​会長代行 九十九晃

 このたび、健康上の理由で退会された中川公伸前会長の後を継ぐ形で、会長代行の任を仰せつかりました。

思えば、民族自警団日本暁乃会が設立された平成28年。わたくしは8月6日に関東支部を任されました。今でもその夜を昨日のことのように思い出します。

 暁乃会は「行動する保守」を中心とした広島平和公園自警団をはじめ元の出自を問わず多くの愛国者が糾合し、設立されました。

 そして、主たる闘争目標「広島平和記念公園・原爆ドーム前を極左過激派から奪還」に向けて運動に取り組んでまいりました。その歩みは拙ブログ「我が戦線」においても取り上げておりますので、ご覧いただければ幸いです。

 今年の8月6日はついに原爆ドーム前を奪還し、極左過激派を公園の端に追い込むことに成功しました。中核派はスクラムを組んでも集会の防衛が限界ラインであることを空虚な勝利宣言で自白するありさまです。

 この大戦果は暁乃会だけではなしえなかったことでしょう。わたしたちの社会に対する提起をきっかけに大きなうねりが巻き起こっています。今ではわたしたち運動家だけの闘争でなく、地方議員や広島市民までも関心を寄せ、各々が取り組みを企画し、参画していることは特筆すべきです。

​わたしたち、暁乃会は大きな分岐点に立つことになるでしょう。

いよいよ、わたしたち自警団の存在が不要になってくるフェイズに突入したのです!

 「目の前に極左過激派がスクラムを組んで占拠することを黙認するならば、日頃、街頭に立ち国家を語り、国民に覚醒を促す我々の存在を我々自身で否定することになる」として続けた行動が成果にあらわれたことを前向きにとらえたいです。

                                                      以上

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